17.Dec.2007 出国 8.Jan.2008 帰国MOROCCO / CASABLANCA MARRAKECH ESSAOUIRA OUARZZATE RABAT
17.Dec.2007 Mon 晴れ早朝家を出発。成田空港よりルフトハンザ航空。
成田→フランクフルト→カサブランカ。
カサブランカの到着は夜中の1時。なので電車が走り出す朝6時まで空港内で待つことにした。
両替1EUR→11.09DH 300EUR両替
1DHは約15円ってこと。
18.Dec.2007 Tue 晴れカサブランカ空港午前6時発。カサブランカ近郊オアシス駅に6時30分着。 ここで7時発のマラケシュ行きの列車に乗り換え。マラケシュまでの電車賃は、ファーストクラスでふたりで350DH。
電車はコンパートメントで6人一部屋。
真っ暗な車内におじさんがひとり窓際の席に座っていた。
マラケシュ11時到着。
駅構内のカフェでチーズサンド、ミックスサンド、カフェオレ。
8番バスでメディナへ。バス代はふたりで7DHだった。
2軒めに見たHOTEL CENTRAL PALACEにチェックイン。1泊200DH。約3000円だけど、ホット・シャワーとトイレが付いているクラスでは一番安い部類のホテル。
早速散歩に出かける。まずはジャマ・エル・フナ広場。屋台がたくさん出ていて、あちこちで大道芸人がいてお祭りモード。右も左も観光客だらけ。広場が見渡 せるカフェでカフェオレを飲みながら観察。
アグノウモン通りのCD屋でとりあえず何枚かCDを買い、グナワのミュージ シャンはどこに住んでいるか聞いてみた。すると具体的に住所まで書いてくれた。 早速プチタクシーでその住所の場所、カスバまで行ってみた。でも、プチタクシーの運転手がその辺の人に尋ねたが、なぜか該当する住所はないようだった。そ のかわり、グナワに詳しい人がいるからと誰かが青年を連れてきた。彼の名はハッサン21歳。英語はあまりできないけれど、グナワ奏者の家に案内してくれる という。
ハッサンとタクシーでバブフマール(BABHMARE)地区へ。
ハッサン曰く、ここが本来のグナワのエリアだという。
表通りから脇道を入っていくと、洗濯物が干してあったり子供たちが遊んでいたりして、その先にある中庭に着いた。そこはアハメッド・バカブー(Ahmed Bakbou 1950~)というグナワ奏者の家だった。
中庭にあったソファに座って、話を聞くことになった。本人はちょっと出かけているようで、そこには、奥さんと思われる女性と20歳くらいの女の子と男性が ふたりいた。全員黒人で、奥さんは西アフリカっぽい民族衣装を着ていた。誰も英語が話せないので、会話はすぐ行き詰まってしまうが、ミントティーをいただ きながらしばらくニコニコしていた。すると英語を少し話せるという25歳くらいの青年がやってきた。
私たちはアハメッド・バカブーというグナワ奏者を知らなかったので、取り巻きの人たちに、CDは何枚ぐらい出ているのか聞いてみた。すると1枚も CDが 出ていないという。モンカは、なんだシロウトなんだというような怪訝な顔をした。すると取り巻きの人たちは、アハメッド・バカブーが本当に大物で、伝統的 なグナワをやる人のなかでは最も偉大な人だということを私たちに伝えようとした。
伝統的なグナワというのは、リラという儀式で演奏するグナワのこと。リラとは、羊の生け贄があったり、大勢の人がダンスしてトランス状態に入ったりして、 夜 通し行われるヴードゥーみたいな秘儀のようなもの。その中心でゲンブリを弾くグナワ奏者のなかで、アハメッド・バカブーは最も偉大な人だと言うのだ。
アハメッド・バカブーのリラを、フランスのテレビ局がドキュメンタリー番組にしたとかで、そのDVDを見せてもらった。そこには、このとき私たちがいた中 庭で行われたリラの様子が映されていた。ものすごくディープな儀式の中心で、アハメッド・バカブーが、確かに素晴らしいゲンブリを弾いていた。
取り巻きの人はさらに、アハメッド・バカブーの偉大さを示すために、1935年と書いてある四つ切りくらいの額装された大判モノクロ写真を引っ張り出して きて見せてくれた。5〜6人のグナワ奏者がゲンブリを手にしている。その中にアハメッド・バカブーの父、アヤシ・バカブー(Ayachi Bakbou 1922~1993)が写っていた。写真の中央にいる人物がその師でアヤシ・カマシーシ(Ayachi Kamchish 1910~1990)だという。後で判ったことだが、現在のマラケシュのグナワ奏者として有名で、もちろんCDもたくさん出ているムスタファ・バカブーや アブデルカビール・メルジャンもアヤシ・バカブーの弟子で、アハメッド・バカブーはムスタファ・バカブーの兄だった。本当に誰もが知っている大物だったの だが、アハメッド・バカブーは伝統的なグナワにこだわっているため、他のマーレム(グナワの師)が、ポップ・ミュージック化したグナワを演奏したり、CD を出したりしていく流れに取り残されているようだった。
そうこうしているとアハメッド・バカブーさん本人が帰ってきた。モロッコ人がよく着ている民族衣装に帽子をかぶり、かなり度のきついメガネをかけている黒 人のおじさんだった。本人はアラビア語しか判らないのでニコニコしているだけで、とにかく取り巻きの人たちがアハメッド・バカブーの偉大さを私たちに判ら せようとしていたのだが、それは、私たちがリラを発注するお客さんだと思われていたからだということが判った。
リラは、コンサートのようにある日ある所でやると決めてチケットを売り出すというものではなく、法事のように、誰かに依頼を受けてやるものなのだ。取り巻 きの人は、私たちにリラをやってほしいかと聞いてきた。リラは20000DH(30万円!)だと言う。とてもそんなお金はないですよと言うと、急に険悪な ムードになり、なんだ情報がほしかっただけか、と言われた。そして事態を飲み込んだアハメッド・バカブーさんは奥の部屋に行ってしまい、私たちは気まずい 雰囲気のまま中庭を出て帰ることになった。
歩いて帰る道すがらハッサンがじぶんもゲンブリを演奏するので、ウチへ来ないかと誘ってくれたので、カスバにあるハッサンの家まで歩いていった。家に着く とリビングみたいな部屋に通された。ハッサンのおかあさんに挨拶した。ハッサンがゲンブリを持ってきて演奏しながら歌いはじめると15歳くらいの弟がやっ ていきて横でハンドクラッピングしていた。30分くらい写真を撮りながら演奏を聴いた。静かなイイ時間が流れた。![]()
帰り道、ハッサンがいくらくれる?と聞いてきた。ちょっと考えて100DH 渡した。メルシーと言ってうれしそうに帰っていった。
歩いてホテルまで戻った。
夜、モンカひとりで外出。ドネルケバブ2個、サンドイッチ、サラダをテイクアウト。
19.Dec.2007 Wed 晴れバニ・マリン通り沿いの大衆食堂。お店の入り口も中も満員。お店の前で焼い ていた蜂蜜をつけたクレープ2個。つぶした豆のスープ。ホブス。ミントティ付き15DH。粗末な店だけど、イイ雰囲気。お客さんもこれから仕事に出かける ところのようだ。みんな自宅では朝食をとらないのかな。
1番バスで新市街へ。ふたりで7DH。
カフェでオレンジジュース、アボカドジュース。ピーナツ売りが塩ピーナツを売りに来たので、10DH分だけ買ってみる。誰もいないツーリストインフォメー ションでパ ンフレット何冊かもらう。
200EUR両替。
駅の近くまで歩いていく。
カフェでオレンジジュース、タジン鍋に入ったマトン入りオムレツ、ホブス。マトン入りオムレツは近くの人が食べていておいしそうに見えたけど、それほどで もなかった。
CTMバス(国営の長距離バス)乗り場の発着所で、エッサウィラまでのバスの時間を聞いた。
駅前まで歩く。すごく混んでいてなかなかバスに乗れない。羊をバイクに乗せている人がたくさんいる。後で犠牲祭の前だったことを知った。
3番バスで、メディナへ。
ジャマ・エル・フナ広場のCD屋さんでグナワのCDとカセットを買った。
エル・ムーアヒディン通りのカフェでカフェオレ。ウエイターがハッサンと呼ばれていたのでお勘定の時にハッサンと呼んでみたら照れていた。ふたりで 12DH
アグノウ門通り歩き、ジャマ・エル・フナ広場を回る。ベルベルの衣装をつけたダンサーなど大道芸人があまり芸をしていなのにいきなりタンバリンの中にお金 を請求してきた。
広場に面した最上階にある眺めの良いカフェでミントティ1杯15DH
もう一度広場に行き、屋台でクスクス・ベジタブル、タジン・ベジタブル、トマトサラダ、ホブス。
20.Dec.2007 Thu 晴れのち曇り一時雨マラケシュ→エッサウィラへ移動。
朝8時30分発バス約3時間で到着。
メディナのなかにあるRIAD sidi Magdoul Hotelにチェックイン。1軒見ただけで決めた。
オフシーズン1泊300DHと書いてあり、ちょっと迷っていたら、250DHでいいというので泊まることにした。ホテルフロントマンの名前はアブデルだっ た。 気のいい青年でいつもインターネットをしていた。
メディナを散歩。おみやげ屋さんの脇を2階にあがったレストランで食事。タジン・ベジタブル、クスクス・ベジタブル、オレンジジュース。105DH。ここ のタジンはすごくおいしかった。
イスティクラル通りのCD屋さん買い物。ライヴが観られるレストラン、タロスを教えてもらった。
ムーレイ・エル・ハッサン広場からスカラ通りに入ってすぐのところにあるアンティークと本を売っている店、Galerie Aidaでグナワアートの本を買う。店主のジョセフ・セバーグ(Joseph Sebag)さんがグナワのリラをやったときのフォトアルバムを見せてくれる。ジョセフさんは、エッサウィラで生まれ育ったユダヤ人(セファルディー)。 ニューヨークやロンドンに在住していた時代もあり、英語は完璧で、グナワへの造詣も深い。そして、エッサウィラのグナワの最重要人物、マフムード・ギニア (Mahmoud Gania 1951~)さんとも親しいとのことで、モンカがインタヴューしたいと言うと、その場で電話してくれた。
いったんホテルに戻る。そして午後8時にGalerie Aidaに再び行って、マフムード・ギニアさんにインタヴュー。
約束よりも少し遅れてマフムード・ギニアさんはバイクでやってきた。始終ニコニコしていて快くインタヴューを受けてくれた。通訳はジョセフさんがやってく れた。そして23日の日曜日に自宅を伺う約束をした。
帰り道にナポリタンピザをテイクアウト。25DH
21.Dec.2007 Fri 曇り晴れ小雨ムーレイ・エル・ハッサン広場のカフェ。 カフェオレ、パン 30DH。
メディナを散歩。きょうは犠牲祭なのでお店はほとんど閉まっている。街のあちこちで焚き火で羊の頭や蹄を焼いている。
モンカひとりでサンドイッチ買いに行く。チキンサンドイッチ、ハンバーグサンド。
22.Dec.2007 Sat 晴れきのう買ったハンバーグサンド。
マラケシュ門からメディナの外に出て、ビーチの方を散歩。
サッカーしている人たちを眺めたり。
カフェでカフェオレとホブス(蜂蜜、胡麻ペースト)20DH。
メディナの中に戻り、海の門のほうに行くと、観光客がカモメにパンをあげていたのでたくさんカモメが集まっていた。
メディナの中、隠れ家っぽいカフェで、カフェオレ、クッキー付きで 20DH。
きょうもほとんどのお店が閉まっている。
ホテルから30メートルのところにあるインターネットカフェ。Wifiなの で自分のMacを使える。
モンカ風邪っぽくなる。
午後8時レストラン、タロスの最上階のバーでガンガ・フュージョン(Ganga Fusion)のライヴ。オレンジジュース、ハイネケン。8時からと言っていたのに30分以上遅れていた。なんとなくたらたらと始まる。悪くはない。ナ ス・エル・ギワン系の、グナワ・ベースのミクスチャー音楽をやっているバンド。お客さんも盛り上がって踊っていた。
帰りにチキンサンドイッチ、テイクアウト。
23.Dec.2007 Sun 雨、大雨のち晴れホテルの部屋できのう買ったサンドイッチ。
ホテルの1階のリビングみたいなコーナーでカフェオレを飲みながら、置いてあったラディオ・タリファのCDなどを聴いた。ゆったりとしたリズムとホテルの ブルーを基調としたタイル張りの中庭に差し込む柔らかい光がぴったりだった。
CTMバス(国営の長距離バス)乗り場まで歩いて行き時間チェック。マラケシュ行きは、午前5時発の1本しかないことがわかった。
バス停近くのカフェでカフェオレ。
店内のテレビでみんなサッカーを見ている。
午前中の雨で道路に雨水があふれて湖のようになっている。とても歩ける状態ではなかったので通りがかりの乗合馬車に乗った。6人乗り合い馬車2人で5DH
菓子パン2個、Poms(リンゴサイダー)2本。
ホテルに戻る。モンカ風邪。発熱。
午後8時、本屋さんGalerie Aidaでジョセフさんと助手のサイードさんと待ち合わせ、タクシーでマフムード・ギニアさん宅。
玄関を入ると中庭になっていてその奥のリビングでいろいろな写真を見せてもらう。
2日後の火曜日に、250EURで、小規模なリラをやってもらうことになった。
24.Dec.2007 Mon 晴れモンカ風邪ダウン。
午後、買い出しPoms6本、ビスケット3、ミネラルウォーター1本。
25.Dec.2007 Tue 晴れ散歩。海沿いにたくさんある焼き魚レストランで、シーバスと舌平目を焼いて もらった。サラダ、コーラ140DH。
食事を終えて店を出たら、ベルベルの大道芸人グループEzaranが通りがかって店先で演奏を始めた。
ムーレイ・エル・ハッサン広場のカフェでカフェオレ。
エル・ミンザの近くでジョセフさんの店のサイードさんと犬のロザが散歩していた。おやつにニワトリの足をもらってジャンプしていた。
するとまたさっきの大道芸人グループEzaranが通りがかったので、モン カが話しかけたものの英語が通じなかった。そばにいたお菓子売りのお兄さんが通 訳してくれて、広場の壁の方に移動してもらって写真を撮った。よく見ると楽器ではなくて車の部品のようなものを叩いている人もいた。
ホテルに戻る。
夜9時、ジョセフさんの店に集合。リラは私たちとジョセフさんとサイードさんだけの前で奏でられるのかと思っていたのだけど、ジョセフさんの店には、モ ロッコ人のファッションデザイナーという白いパキスタン風衣装の男性、学校の先生だというモロッコ人女性と彼女の息子、それからイタリア人ファミリー4人 が集合して いて、メディナの外にあるマフムード・ギニアさん宅まで全員で歩いて行った。モロッコ人はいいとしても、私たちが依頼したリラをイタリア人ファミリーまで タダで見るつもりなのだろうかと、ふと思ったが、お金の話はとりあえずせずにマフムード・ギニアさん宅に向かった。
中庭に絨毯が敷き詰められて、奥のリビングにあったソファーセットが出されていた。雨が降ったら絶対にできないシチュエーション。現場には、どこで話を聞 きつけたのか、60歳くらいのイギリス人カップル、ジョンとマギーが座っていた。ジョンとマギーが来ることはジョセフさんも知らなかった。ふたりがはじめ てモロッコに来たのは1972年で、それ以来何度も来ていて、今年6月のグナワ・フェスティバルにも来ていたそう。いかにもヒッピー世代な感じで、ジョン はソニーの高いICレコーダーを持っていた。
リラは、午後10時にスタートした。はじめにミントティーが供された。 前半は停電していて照明はローソクのみだった。ローソクは窓際に1本、テーブルに1本。なんとなく練習しているような感じでリラがスタートした。マフムー ドさんを中心に左右にカルカバ奏者がふたりずつ。マフムードさん以外はアラブとの混血。カルカバふたりはマフムードさんの息子。ゲンブリには、曲によっ て、輪がついていてシャンシャン共鳴する金属のプレートをつけたりしていた。
ゲンブリの音がブンブンいっていて、マフムードさんが独特の節回しで歌う。曲によってカルカバ奏者3人が前へ出て踊ったり、下の息子がひとりが踊ったりし て演奏していた。
途中で、大皿に盛られたクスクスが出てきて、客席テーブルに置いてみんなで食べる。残ったクスクスはミュージシャンたちの方へ運ばれて食べていた。
香炉が焚かれているところにゲンブリ、カルカバ、布をかざしていた。
再び演奏が始まると写真右端に写っている黒い服のおじさんが白い布をかぶって中央に出て踊り出し、しばらくするとパタリとその場に倒れた。
マフムードさんが香水入れに入ったローズウォーターを顔と手に振りかけるとすぐに目を覚ました。
マフムードさんの奥さんがときどき2階から様子を見ていた。息子が香炉の炭火が消えかかったら2階へ持って行って戻ってきた。
伝統的な音楽で、口承で伝わってきたモノ。バンバラ語の曲もやったようだけれど、そういうのはジョセフさんも意味がわからないと言っていた。
最後にみなさんようこそという意味の曲を演奏してお開きになった。午前1時を過ぎていた。
それは本当に素晴らしいリラだった。ジョンは、6月のグナワ・フェスティバルのときもリラを見たけど、それはスノッブな場所でやられたもので、今回の方が はるかに素晴らしいと言っていた。
モントン250EUR、ジョセフさん500DH、イタリア人ファミリー50EUR、イギリス人カップル100EUR、それぞれお金を支払った。モンカは初 め、イタリア人ファミリーとイギリス人カップルからいくらかのお金を徴収して、トータルで250EUR払おうと思っていたが、成り行きでそれぞれが払うこ とになったが、十分これだけの価値があると思った。マフムードさんは、最後にお金を受け取ると、はじめて心を許した感じでニコニコしてハグしていた。
帰り道、ジョセフさんがあしたの夕食を招待してくれた。
26.Dec.2006 Wed 晴れ朝9時から2時までモンカは写真バックアップ作業。
2時近所のレストランで魚タジン、スープ、サラダ。
インターネットカフェでメールチェック。
道を歩いていると「イシダ、イシダ」と呼ぶ声がしたので見ると、きのうのジョンとマギーがやってきて、ジョンが録音したというヴァン・モリソンやグナワの ライヴ音源の入ったCD-Rをもらった。ジョンは生録マニアのようだ。
ホテルに戻ってカフェオレ。
午後6時頃、ジョセフさんの店で写真集350DHを買う。
そして午後9時、ジョセフさんのお店に待ち合わせ。ジョセフさんは愛犬ロザを連れて、わたしは老犬クロ(名前不明)を連れてモンカとサイードさんと4人で 裏道を歩いていく。途中メラー地区メディナの北西の壁側、屈まないと通れない道を通り、おしっこくさい一帯を歩いて行く。モロッコはものすごく治安が良く て清潔だという印象があったけど、ジョセフさんはそういう場所だけじゃないということも私たちには見てほしいとのことで、あえて遠回りして歩いていた。 エッサウイラには7泊8日いたけれど、このエリアははじめて通った。グナワの集合所の前も通った。細い路地を3人の若者が走り抜けていった。道にガラス瓶 がガチャガチャと割れていた。するとすぐその先で、警官に逮捕されて、押さえられて、うめき声を出している人がいた。その脇を通り過ぎて少し行くと、メ ディナのなかのメインストリート、ムハンマド・ザルクトゥーニ通りに出た。そこはいつものエッサウィラだった。そしてドゥカラ門から外に出て、最初に着い たCTMバスのバス停のすぐ近くにジョセフさん宅はあった。
外側は倉庫のような古いビルだけど、中に入ると300平方メートルくらいのスペースにアンティークがたくさん飾られていて、壁にはジョセフさんが描いた絵 が所狭しと飾られていた。ジョセフさんはアーティストでもあり、ニューヨークとロンドンで個展をやったこともあるらしい。
それから、BBCラジオ3で WORLD ROUTES というワールド・ミュージックの番組をやっているルーシー・デュランが、2000年にグナワの番組を作ったとき、エッサウィラ在住でグナワに詳しい人とい うことでジョセフさんが出演した。そのときの放送を収録したCDがあるので、まずは、モンカがそれをリッピングさせてもらった。
Macに入れていたハミド・エル・カスリのグナワホームソングスの曲、エル・ハムドゥーチアのPVをジョセフさんに見せたら、この曲がグナワの中でも特に 好き、スーフィズムの影響の強い詞がとてもスピリチャルだと言っていた。
ジョセフさんが食事を作ってくれたのだけど、ごはんができるまでロザとモン カはボール遊び。ロザはボールを投げてやると 喜んで何度でも拾って持ってくる。
赤ワイン、サラダ、白身魚とオリーブオイル味ごはん、バナナヨーグルト、リプトンレモン紅茶。
食後、リビングでおしゃべり。
帰るとき、サイードさんとタクシーに乗ってその後ホテルまで見送ってくれた。
27.Dec.2007 Thu 晴れ朝、モンカ荷造りしてひとりでバスチケット買いに行く。CTMバスはさすが に朝早すぎなので、スプラトゥール(民営バス)で行くことにする。こちらは客が多ければすぐ増便を出すけど、結構込んでいて、午後3時のバスのチケットを やっと買えた。
ホテルで朝食モロッコ風クレープ、オレンジジュース、パン、カフェオレ。
インターネットカフェで時間つぶす。
スプラトゥールのバス停。
午後3時30分少し遅れて出発。
前の席のカップルがアーモンドの粉を使った焼き菓子やみかんをわけてくれた。
午後7時、マラ ケシュの駅の近くに到着。
8番バスでメ ディナへ。HOTEL CENTRAL PALACEにチェックイン。