音楽の発火点
石田昌隆
(028)バック・トゥ・ブラック
英語で“Back to black”。これはファンキの代表的プロデューサー、DJマルボロが手がけた数多いコンピレーションのなかでも、特にイカす1枚につけられたタイトルだ。
ブラジルには、カンドンブレ〜ブロコ・アフロ〜アシェーという流れや、サンバという黒人音楽があるわけだが、それでもファンキのアルバムにこのようなタイトルをつけるのは、回帰と進化を同時に推し進めているという強い自負があることを意味している。
ファンキというブラジル音楽は、音響的にはマイアミ・ベースに近く、軽さと中毒性を併せ持つ、打ち込み主体のダンス・ミュージックだ。高度に洗練されたMPBが好きな人には、がさつで低俗な音楽に聴こえるかもしれない。しかし、ファンキのビートには、サンバのリズムを電子音に置き換えたようなくだりがしばしば登場してくる。ぼくはそんなビートに出会うたびに、ダンスホール・レゲエが、新しい独自のリズムを生み出すことと平行して、60年代のスタジオ・ワンの時代に作られたリズムを繰り返しリメイクしながら進化させてきたことと同じ鋭さを感じないわけにいかない。オットーのようにサンバをテクノ化する人や、ジェニヴァル・ラセルダのようにフォホーというノルデスチの音楽をテクノ化する人もいるが、やはり、層の厚さと支持率の高さ、地への足の着きぐあいは一連のファンキが群を抜いている。
そういう点について最も意識的なオーヴァー・グラウンドのアーティストは、フェルナンダ・アブレウである。
フェルナンダ・アブレウのファーストとセカンドに、合わせて6曲、DJマルボロがスクラッチで参加している。そのうち1曲はアレンジも手がけていて、これだけはファンキっぽく仕上がっている。ただいずれもDJマルボロの持ち味が十分発揮されたというところまではいっていなかった。しかし『X(シース)』では、DJマルボロこそ絡んでいないが、「ブロコ・ラップ・リオ」という曲に、バイリ・ファンキ、ファラサゥン2000のMCが参加していて、ディープな雰囲気がばっちり出ている。『X(シース)』には、ルー・リードの「ワイルド・サイドを歩け」のベース・ラインを使った曲があったりもして、フェルナンダのグローヴァルな音楽観が反映されている。その一方でファンキの現場の蠢きをすくい上げることで、決定的なパースペクティヴを描き出していたのである。
「ブロコ・ラップ・リオ」ではまた、歴代のミュージシャンの名を呼ぶくだりがある。オ・ハッパやプラネット・ヘンプといった今現在のミュージシャンに続けて、ピシンキーニャ、カルトーラ、マルチーニョ・ダ・ヴィラといった先達の名が呼ばれている。これは当然、ブラジル音楽の未来は「ミクスチャーであり、バック・トゥ・ルーツである」ということの宣言と受け取るべきだろう。
エリゼッチの名も、もちろん呼ばれていた。ブラジル音楽は今、急速に動きつつある。そんなおり、50年代から活躍していた今は亡きエリゼッチ・カルドーゾのCDを引っぱり出して改めて聴いてみると、ブラジリダーヂというメンタリティーは変わらずに、感覚は驚くべき進化を遂げていることに感動せずにいられなかった。ブラジル旅行は、フェルナンダ・アブレウの鋭さに気づき、エリゼッチ・カルドーゾの深さに改めて頷くという旅でもあったのである。(ミュージック・マガジン 1999年5月号掲載)