音楽の発火点

石田昌隆

(037)イスラム潮流

 ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの『スワン・ソング』をどう評価すべきか、ぼくはまだ判断を下せないでいる。

 「カッワーリの伝統とロックの要素との合体をずっと模索して来たヌスラットが、最後になって望み通りの大きな融合音楽を達成した」と中村とうようさんはライナーで述べているが、その見方にはまったく異存はないし、音楽作品としてひとつの到達点を示していることは間違いない。

 ただ、音楽の歴史的流れを考えるとき、ヌスラットの遺産が新しい時代の音楽に重要な影響を与える可能性は低いような気もするのである。

 高橋健太郎さんは99年12月号の対談で「90年代に確立されたジャンルというのはテクノだけだと思う」と指摘をしていたが、そのレベルのパワーと増殖性を持つ音楽として、ぼくは今後10年ぐらいのうちに新種の汎イスラム音楽が出現してくるだろうと予想している。その来るべき汎イスラム音楽は、ロックとの融合へと向かう進化とは、異なる道程から生まれてくるだろうと思えるのだ。

 最近、NHKで『イスラム潮流』という番組が4回のシリーズで放映された。東西冷戦の終結から10年経ち、アメリカとキリスト教世界を中心とするグローバリズムが築かれようとしているなか、もうひとつの価値基準として、イスラムの存在がじんわり浮上しつつあるということを、メッカ、インドネシア、エジプト、イラン、そして確実にイスラム人口が増えつつあるニューヨークなどの取材を通して検証した番組である。

 イスラム圏が、横の繋がりを強化しつつ、マイノリティーとしてではなく、オルタナティヴな文化圏として成熟しつつあると感じているぼくは、この番組を見ながら、それは未来の音楽が証明するハズだと思った。

 ここでまた、まだ見ぬグナワ・ディフィジオンに触れないわけにはいかない。『バベル・ウェド・キングストン』の向風三郎さんによるライナーによれば、グナワ・ディフィジオンは“RAGGNAWACHAABIROCK”と自分たちの音楽を呼んでいるそうだ。ラガ+グナワ+シャービ+ロックである。この場合のシャービが、エジプトのダンス・ミュージックとしてのシャービを特定して指しているのかどうか判らないし、ロックという言葉をどういう意味で使っているかもわからないが、レゲエから派生した低音のビート+北アフリカ音楽+アラブ音楽の中枢であるエジプト音楽という発想は、来るべき汎イスラム音楽へと繋がる道程を想起させてくれる。その意味で、まだ未入手なのだが先月号で原田尊志さんが紹介していたハレドとの共演曲を含むアムル・ディアーブの“Amr Diab”も非常に気になるところだ。

 いずれにしろ来るべき汎イスラム音楽には、低音のビートが組み込まれているはずだと思うのだが、99年9月号アルバム・ピックアップで『バベル・ウェド・キングストン』を「レゲエっぽいビートの曲のほうが多くの方には聞きやすいだろうが、ぼくはアラブのタイコ、ダルブッカとモロッコ独特のブリキのカスタネットでトコトコシャカシャカと刻んでいる曲のほうが魅力的に感じる」と書いた中村とうようさんの見方も否定できない。

 最終的には低音のビートとの融合を避けたヌスラットの『スワン・ソング』は、10年後、はたしてどう聴こえるだろうか。

(ミュージック・マガジン 2000年2月号掲載)

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