音楽の発火点

石田昌隆

(008)蘇る歌

 ときどき、どうしようもなく惹きこまれてしまう曲に出会うことがある。そしてそれを演っているミュージシャンが未知の人なら、心はいっそう昂ぶるものだ。今年になって出会った曲では、メキシコのルチャ・レジェス(ペルーのルチャ・レジェスとは別人)という女性歌手による「ポル・ウン・アモール」が、まさにそんな一曲だった。

 まず2丁のヴァイオリンが奏でる哀愁のメロディーが立ち上がり、ギタローン(ベースの音を出す大きなギター)がリズムを刻むなか、アマリア・ロドリゲスばりに情感豊かなルチャの歌が入ってくる。古いSP盤から起こしたのだろう、ノイズ混じりの音だが、ぼくはもうこの段階でシビれてしまった。さらにつかず離れずといった感じで控えめなトランペットが絡んできて、ルチャの歌の情感を引き立てるようにクールなコーラスが脇を固める。マリアッチ編成によるカンショーン・ランチェーラの名唱と言うほかない。

 この曲は、サンアントニオで買った“LOS GIGANTES DE LA CANCION RANCHERA VOLUMEN2”という、40年代の録音を集めたと思われるコンピレーションに収録されていた。ここにはカンショーン・ランチェーラを確立したホルヘ・ネグレーテ(ピーター・マニュエル著『非西欧世界のポピュラー音楽』P130、中村とうよう著『なんだかんだでルンバにマンボ』P295参照)も3曲収録されている。でもオペラっぽい歌いかたのホルヘより、ファドやレンベーティカの世界とも共通する都市の酒場のざわめきみたいななかで本当に歌っていた感じがするルチャが、群を抜いて美しく聴こえたのだった。

 そんな気分のおり、何とルチャ・レジェスの想像上の生涯を描いた映画を観ることができたのである。アルトゥーロ・リプステイン監督の『夜の女王』(原題“La reina de la noche”93年。6月に開催されたメキシコ映画祭で上映された)。ここでのルチャは、酒場で歌い、愛に飢え、やがて自ら命を絶ってしまう女性として描かれていた。ルチャの曲がどのくらい残っているのか判らないが、やはり「ポル・ウン・アモール」が代表作だったのだろう、ルチャ役の女優がこの曲を歌うシーンが2回も登場した。興味深いのは、2回めに歌う41年のシーンになって初めて楽団にトランペットが加わるところ。戸惑うルチャに対して、プロデューサーが「これからの時代はマリアッチだ」と諭している。この時代考証が正しければ、本物の「ポル・ウン・アモール」は、41年かその直後に録音されたことになる。そしてそれは、元々はハリスコ州のローカルな音楽にすぎなかったマリアッチがメキシコの都市型大衆音楽に混ざり込むという、当時の最先端のスタイルだったということだ。ともあれ長く遠い時空を越えて、少なくともぼくというひとりの聴衆の前でルチャの歌は蘇ったわけである。

 翻って、90年代になってからリアル・タイムに出会った音楽で、50年後でも訴求力が持続している歌を残したミュージシャンは誰かと考えてみた。そのとき真っ先に思いついたのはニルヴァーナだった。グランジというタームは文献のなかに埋もれてしまっても、カート・コバーンのしゃがれた声の切実さは届くだろう。ビートの先進性とか、音楽をとりまく時代背景とかは、やがて資料を掘り起こさなくては見えてこなくなる。でも歌の説得力はストレートに伝わるものなのだ。

(ミュージック・マガジン 1997年8月号掲載)

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